太陽が恋しい

 

快晴つづきだった今年のGWで、「ようやく室蘭にも春が来たかな」と思っていましたが、その後すっかり寒さを感じる毎日になってしまいました。

建築の設計では「図面をひたすら描き続ける時期」が存在しますが、最近はちょうどその時期に当たっていて、GW前後はほとんどが製図板やパソコンの前で過ごす時間となっています。

GW期間中に印象的だったのは、特に外出の予定がなくても、快晴というのは大変気分がよく、仕事の能率も上がるような気がしたことです。

意識せずとも私たちの生活というのは、常に太陽に、自然環境に左右されながら進んでいくのだなと感じます。

 

太陽エネルギーは「贈与(ギフト)」

 

以前読んだ本の中で、人類学者の中沢新一氏が太陽についてこのようなことを語られていました。

「第八次エネルギー革命」に関する言説で、資本主義の構造の中に存在する「贈与(ギフト)」というキーワードが用いられており、太陽エネルギーの「贈与」によって全ての生物は存在できているというものでした。

確かに、(100%ではないにしろ)太陽エネルギーはほぼ無限に「贈与」されていて、植物も動物もそのエネルギーによって生きています。

人間が食べるものも、冷暖房のための燃料や電気も、元を正せば全て太陽エネルギーが姿を変えたものであり、中沢氏の著書の内容に頻繁に登場する根源的・本質的な内容に納得させられる部分が多くあったと感じました。

 

木造は「贈与」に富んでいる

 

現代建築の主要な構造として、「木造」「RC造(鉄筋コンクリート造)」「S造(鉄骨造)」の3つが代表的です。

この3つに限らずどの構造も無くてはならないもので、求められる建築の規模や敷地のもつ特徴、予算などによって最適な構造を選択する訳ですが、太陽エネルギーの「贈与」を中心に捉えるとき、木造を選択することには大きな意味があると思っています。

太陽エネルギーからスタートして構造材となるまでの過程を辿ってみると、木造が最もシンプルで、エネルギーの「交換」が少なく構造材になるからです。

 

木材は(人工林は木々のより良い生育のため人の手を入れることが必要ですが)太陽エネルギーが数十年地表に降り注ぐことで手に入れることができます。

「放っておいても増えていく構造材」と言うと極端すぎるかもしれませんが、他の構造材と最も異なる部分だと思います。

更に、木々はその成長過程で光合成によって酸素を生み、二酸化炭素を吸収します。

我々が生きる上で必要なものを生み出し、不要なものを吸収しながら、やがては建築材料となってくれるということです。

改めて文章にしてみると、木材というのは非常にありがたい材料だと思うのは私だけでしょうか。

 

このような、太陽エネルギーの「贈与」の観点からみたメリット、優位性、持続可能性といった部分があるにもかかわらず、国内の林業は決して順調とは言えない状況であることは様々なメディアで長年取り上げられ続けています。

例えば安い外材に圧されて国産木材が用いられにくいことや、建物の資産価値で木造が最も低いことなど、現在の資本主義社会の中では上述のような「贈与」に富んだ木材の価値が評価されていない(過小評価されている)ことに一因があるのではと考えさせられます。

 

そのような中でも、近年「木質構造」として集成材やCLTに関する研究や建築事例が増えてきていることは、期待感が持てると思います。

私も以前道南杉のCLTを用いた建築の設計に関わらせていただくという貴重な経験を生かしながら、木材で実現できることを増やしつつ、現代社会のシステムの中でも高い評価が得られる存在にしていきたいと思います。

 

曇りや雨が続く室蘭にもそろそろ「贈与」をいただきたい気分の中、最近思ったことを書きました。