今日はこどもの日。

先日、高砂小学校の正門前を通りかかり、閉校式典の案内看板を目にしました。

その時に思ったことについて書きたいと思います。

 

「令和2年2月8日」に式典が行われ、その年の4月には、高砂小に通う子どもたちは現在の水元小学校の子どもたちと一緒に、「天神小学校」の児童として学ぶことになります。

スクールバスでの登下校になるらしいので、ランドセルを背負った児童たちや、挨拶を交わしながら日々登下校を見守って下さっている地域の方々の姿を、令和2年4月から見ることができなくなることは、なんだか寂しい気がします。

私たちが暮らす室蘭市高砂町は、高砂小学校の校区内にあります。

公共施設は様々な形で人を集め、街の表情や雰囲気をつくっているのだと、その大切さについて改めて考えさせられます。

 

高砂小学校が閉校すること自体は以前から知らされていたのですが、その頃から「小学校の跡地はどのように使われることになるのか」という疑問を持っており、市で計画されているかどうかも確認できませんでした。

そこで、昨年1月に高砂小学校の当時の3年生と一緒に「わたしたちの高砂プロジェクト」を行い、身近なところで将来のビジョンを考えてみました。

3年生とそのご家族など計167人から「跡地に何ができれば良いと思うか」アンケートを取ることができ、児童たちはこれらを集約し、グループごとに高砂小跡地の活用方法を計画・発表してくれました。

 

たった167人分の意見をまとめるだけでもとても大変で、多くの時間を必要とするものでした。

現在の高砂小学校校区(高砂町1丁目、2丁目、3丁目)の人口は、室蘭市のHPによると(日本人だけで)4,908人だそうです。

室蘭市の人口が約83,000人ですから、地域の人々や市民の声を取り入れてまちづくりをするというのがいかに難しく時間を要することなのか、容易に想像できます。

 

室蘭市の中で最も人口の多い地域のひとつであり、住宅地として地価が高い地域でもある高砂小学校校区で、一体今後どのような公地活用が成されるのか、市としても重要な問題であるはずです。

しかし、あれから1年以上が経ち、着々と「天神小学校」の新築工事も進んでいるようですが、未だ高砂小学校跡地の未来像が考えられる気配はありません。

 

室蘭の公共施設は近年軒並み建て替え時期を迎えており、まさに今がまちづくりのターニングポイントとなっています。

現在の市街地にある体育館は、老朽化により新築移転されることとなり、9kmほど離れた旧市街の港湾地域へ移ることが決まりました。

市の図書館も、現状と同じ旧市街地に科学館とともに新築されることに既に決められています。

現在の市街地や人口の多い地域ではなく、人口の少ない旧市街地に新しい公共施設が増えていくような計画に見えます。

 

公共施設に限らず、建築は人に使われてこそ意味があります。

コンパクトシティを目指す都市計画や交通網の観点からは、街の中心部に公共的な施設を集約するのが常套手段です。

これらはよく言われることですが、室蘭のまちづくりには勘案されていないのか、別の重大な理由が存在するのか…今のところまだまちづくりの方針とビジョンを理解するに至っていません。

 

高砂小学校についても、これまで知り得た情報は一つだけです。

「高砂小と知利別小は住宅地として人気が高い地域にあるため、市の定住施策と絡め、宅地として活用を求める声が出ている。」

確かに高砂地区は緑が多く、交通網の利便性も高い、住みやすい地域だと実感しています。

しかし、「住宅地として人気だから宅地にする」という安易な理由で公地を売却する前に、「なぜこの地域が住宅地として人気なのか」「公共施設が地域にどのような影響を与えてきたか」ということについて深く考えるべきではないでしょうか。

まして、他の地域でよく目にするような、山を削り、大木をなぎ倒して整地された「住宅地」にだけはしてはいけないと強く思います。

 

「わたしたちの高砂プロジェクト」で、児童たちから出てきた言葉が思い出されます。

「自分たちが良いと思うものと、お父さんやお母さん、おじいちゃんやおばあちゃんが良いと思うものが違うから、何をつくればよいか迷うな…」

「体育館はまだ古くないから、使えるんじゃない?」

「学校の木は大きいし、リスも住んでいるから、この場所に残して、他のところに建物を建てよう。」

 

当時の3年生たちは、本気で悩み、これまで勉強してきたことをフル活用して跡地の活用案を生み出しました。

全8案は、それぞれが個性的でありながら、スケールや面積的な整合性、細かい工夫まで配慮が行き届いていました。

そして、8案全てが「多世代が楽しめる公共空間」でした。

 

私たち高砂地区に生きる大人は、この8案を超える高砂小学校跡地利用を生み出さなければいけないのではないか。

こどもの日に、この地域の子どもたちの将来とともに、そんなことを思ったのでした。